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ブラウザーゲームがほとんど本当には泳がせてくれない理由

車線を作るのは簡単です。全方向に開けた水はそうではありません。車線をまるごと取り去ると何が変わるのかを。

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ブラウザーゲームがほとんど本当には泳がせてくれない理由プレイ: Current Swim

このアーケードでも他所でも、ほとんどのランナーは少数の固定された車線の上に建っています。三車線、五車線、ときには両端のあいだを滑らかにドラッグできる位置。それでも必ずコースです。前が本当に意味を持つ唯一の方向で、左右は選択ではなく修正です。Current Swim はまったく違う前提から始まります。車線なし、コースの端なし、あるのは開けた水と、引いた方向そのものへ動かすドラッグだけ。

車線が簡単な選択であって、怠けた選択ではない理由

車線が存在するのは、それが本物の問題を解くからです。埋める枠が三つか五つしかなければ障害物の配置は簡単ですし、当たり判定の計算は安く済み、プレイヤーは危険に対して自分がどこにいるかを常に正確に把握できます。自由移動はその三つを一度に投げ捨てます。危険はいくつかの枠ではなく2D平面全体に配置しなければならず、プレイヤーは既知の三つの位置ではなく広いトンネルのどこにでもいられ、すれすれの回避は単純な「違う車線」判定ではなく、二軸同時の実際の距離計算になります。

その余計な費用と引き換えに得られるもの

一つの車線を選んで保つのではなく、高さも幅もまるごと探ることに報いてくれるトンネル。片側に置かれ、安全な真ん中から流れて出る気がある人にだけ実る潮の輪。壁に景色を描いた廊下ではなく、本当の空間の体積としてのサンゴ礁の感覚。車線ランナーの即断より遅い緊張で、交通をよけるというより針に糸を通すのに近い。そしてそれこそが狙いです。これは別のゲームであって、皮を替えた同じゲームではありません。

🌊「泳ぐ」ゲームが本当に自由移動に踏み込んでいるかの見分け方。わざと遊べる空間の端の端まで流れてみてください。ゲームがそっと中央の車線へ押し戻すなら、それは初めから車線のないゲームではありません。Current Swimは、トンネルの壁をかすめるのを喜んで許してくれます。

本当に小さな分野です。水中に置くゲームの多くは、いまだに目に見えない車線に沿って動かし、それを泳ぐと呼んでいます。そうしない一本を作るには、車線ランナーの土台を使い回す代わりに、危険の配置も、当たり判定も、カメラの構図も一から設計し直す必要がありました。だからこそ、そこに手を出すブラウザーゲームがこれほど少ないのです。

自由移動を自分で試す

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